2016.10.31
故人の骨(遺骨・遺灰)をオブジェやアクセサリーなどに収納したり、加工したりして、自宅や手元に置いて供養をする手元供養が、じわじわと広がってきています。遺骨を自宅の庭に埋める(埋蔵する)ことは違法になりますが、お墓に入れないで自宅で保管し続けることはなんら問題ありません。
このため、少なくとも20年くらい前から遺骨を収納できる「納骨位牌」や、自宅保管用の「ミニ骨壺」などの商品が登場していました。「自宅供養」という言葉も存在していたようです。
しかし、日本で「手元供養」が広がり始めたきっかけは、意外にも2001年9月11日のアメリカでの同時多発テロだったようです。
この前からいくつかの会社が手元供養の商品を提案していたのですが、テロ事件後に米国で遺骨を納めるペンダントが流行。それを日本の業者が輸入・販売したところ、口コミで広まったそうです。
自ら手元供養製品の製造・販売を手掛ける「博國屋」(ひろくにや)を02年に京都市南区で創業した山崎譲二さんは「手元供養」という言葉を考案するとともに、05年に手元供養協会を設立しました。自ら会長として普及・啓発活動を続け、07年には『手元供養のすすめ』(祥伝社新書)という本も書いています。
こうした普及活動の結果、「自宅供養」と呼ばれていた商品も手元供養というカテゴリーにまとめられ、いまではこの言い方が定着してきました。
その山崎さんの独自調査によると、手元供養製品を製造・販売している会社は03年に5社だったのが、11年には16社に増えています。業界全体の販売数は03年が492個、05年は3120個、07年は1万1080個、11年は2万6750個と順調に増え続けています。
いまのところ、11年までのデータしかありませんが、山崎さんは「もう3万個を超えているのではないか」と分析しています。
11年当時の年間死亡者数は125万3066人ですので、単純に1人1個で計算すると、手元供養製品の普及率は2.13%ということになります。山崎さんの調査は、販売していることを確認できた会社だけに取材して数を積み上げた数字だそうで、把握できていない分も含めれば、実際にはもっと多い可能性が高いと思われます。
また、供養ジュエリー「麗石」を製作・販売している「レイセキ」(堺市堺区)の柳田剛社長によると、「販売開始して初めのうちは、ほとんどが女性客だったのですが、最近では男性客が増え3割を超えた」とのことです。
レイセキでは、故人やペットの遺骨と石英などを高温で溶融したあと、冷却して結晶質の人造石にしてアクセサリーやオブジェに加工する手元供養を提案しています。女性はペンダントやブレスレット、指輪にするケースが多く、男性は数珠やネクタイピン、ブレスレットにして身につけているそうです。
ジュエリーであるため、利用者は女性が中心なのは当然といえば当然なのですが、それでも男性が3割を超えたということは大きな変化で、広く普及してきた証左ともいえそうです。
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上野國光(うえの・くにみつ) 1956年生まれ。大学を卒業後、電機メーカー勤務などを経て、88年にイオ株式会社を設立、石のギャラリーを中心とした業務を展開する。東京都内を中心に大規模墓地や納骨堂の開発、寺院の活性化のプログラム(寺報発行サポート、墓地管理業務)などの事業に携わっている。