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一条真也の供養論㊹ 石原慎太郎氏の旅立ち

2022.03.01

 2月1日、北九州市内の歯科医院の待合室で『三島由紀夫 石原慎太郎 全対話』(中公文庫)を読んでいたら、衝撃的なニュースが入ってきた。石原慎太郎氏が亡くなられたというニュースだった。享年89だったが、その日はフリーペーパーに書いた石原氏の小説『死者との対話』(文藝春秋)の書評コラムの校了日だったこともあり、不思議な縁を感じた。
 わたしは、作家・石原慎太郎の熱心な愛読者であった。また、政治家・石原慎太郎を心から応援しており、日本の総理大臣になってほしいと思っていた。わたしの媒酌人で、東急エージェンシー元社長であった故前野徹氏が石原氏と大変親しく、『最後の首相―-石原慎太郎が日本を救う日』(扶桑社)という本を書かれたほどだった。わたしも東急エージェンシーの社員時代に石原氏とは何度もお会いし、言葉を交わしたこともある。死と葬送についての拙著『ロマンティック・デス』(幻冬舎文庫)をお渡ししながら「わたしは石原先生を尊敬しております」と申し上げたところ、「そうかい」と照れ臭そうに笑われた。とてもチャーミングな笑顔であった。

 石原氏の葬儀・告別式は2月5日、東京・大田区の自宅で家族葬として営まれ、親族ら約20人が参列した。本来なら青山葬儀所クラスで多くの人々に送られるべき方であるのに、コロナ禍中とはいえ、やはり寂しさを禁じ得ない。出棺後、喪主を務めた長男の伸晃氏が「生前、父・石原慎太郎に賜りましたご厚情に心を込めまして感謝申し上げ、ごあいさつとさせていただきます。本日は誠にありがとうございました」と頭を下げた。2期目の都知事選(2003年)の際に撮影されたという遺影を抱えた次男の良純氏は父の顔を見つめ、肩を震わせた。戒名は「海陽院文政慎栄居士」。棺には自著『私の海の地図』が入れられた。先祖代々が眠る逗子市の海宝院に納骨されるという。

 弟の裕次郎氏は1987年に息を引き取ったが、そのとき慎太郎氏は「海とヨットを愛していた男は、海に還してあげたい」と言って、海洋散骨を望んだ。法律では海への散骨は許されないと判断したために一度は断念したが、1991年に法務省が「葬送を目的とし節度を持って行う限り、死体遺棄には当たらない」という見解を示したとされることで、稀代の大スターの遺骨は湘南の海へ還ることができた。本当は、慎太郎氏も海に還りたかったのではないか? お別れの会は、新型コロナウイルスの感染状況を見ながら、5~6月頃の開催を検討しているという。


いちじょう・しんや
 1963年生まれ。福岡県出身。早稲田大学政治経済学部卒。本名は佐久間大手冠婚葬祭会社サンレー社長。『老福論』『葬式は必要!』『愛する人を亡くした人へ』『命には続きがある』『儀式論』など著書は100冊以上。2012年、『論語』の精神の普及により、第2回「孔子文化賞」を受賞。上智大学グリーフケア研究所客員教授。


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  • 一条真也さん

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