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【一条真也の供養論】⑫ さとうきび畑とニライカナイ

2019.07.01

 6月23日は、戦後74年目の沖縄の「慰霊の日」であった。
 1945年6月23日に沖縄戦の組織的戦闘が終結したことにちなみ、アメリカ施政権下の琉球政府および沖縄県が定めた記念日である。毎年、この日には糸満市摩文仁の平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式が行われる。いわゆる沖縄戦は、1945年4月1日にアメリカ軍の沖縄本島上陸によって本格的に開始され、第三十二軍司令官の牛島満大将(当時は中将)をはじめとする司令部が自決した日をもって組織的戦闘が終結したとされている。

 今年の「慰霊の日」には、石垣島でわが社のセレモニーホールである「石垣紫雲閣」がオープンした。石垣紫雲閣の前には、見事なさとうきび畑が広がっている。歌手の森山良子さんが歌って有名な「さとうきび畑」という名曲がある。作曲家の寺島尚彦さんが1964年に本土復帰前の沖縄を訪問した際、摩文仁の丘を観光して着想した作品だ。
 この歌、じつは11連まであり、全部歌うと10分以上かかる。第二次世界大戦末期の沖縄戦で戦死した人々が眠る、夏のさとうきび畑に流れる風の音が繰り返される。
 第二次世界大戦を通して、沖縄の人々は日本で最も激しい地上戦を戦い抜いた。激戦であった沖縄戦において、日米両国、無数の人々が敵味方として殺し合い、そして集団自決するという悲しい事実もあったことを忘れてはならない。沖縄本島と同じく、石垣島でも激しい戦闘や戦時に蔓延したマラリア等の疫病により、多くの犠牲者が生まれたが、数え切れないほど多くの方たちが今なお「さとうきび畑」の下に眠っているという。

 名曲「さとうきび畑」の中では「ざわわざわわ」という風の音が66回も繰り返されるが、まさに慰霊と鎮魂の歌であると思う。石垣島をはじめ、沖縄の人々は亡くなると海上の理想郷である「ニライカナイ」へ旅立つという信仰があるが、わたしは石垣紫雲閣を「魂の港」として、1人でも多くの方をニライカナイへ導いてさしあげたい。石垣紫雲閣の竣工式で主催者挨拶をしたわたしは、最後に「さとうきび ざわわざわわと風に揺れ 青い空には紫の雲」という短歌を披露した。
 沖縄は「守礼之邦」と呼ばれる。もともとは琉球の宗主国であった明への忠誠を表す言葉だったようだが、わたしは「礼」を「人間尊重」という意味でとらえている。沖縄の方々は、誰よりも先祖を大切にし、熱心に故人の供養をされる。日本でも最高の「礼」を実現していると思っている。すべての日本人は無縁社会を乗り越えるために、「本土復帰」ならぬ「沖縄復帰」するべきではないだろうか。


いちじょう・しんや
 1963年生まれ。福岡県出身。早稲田大学政治経済学部卒。大手冠婚葬祭会社サンレー社長。『老福論』『葬式は必要!』『愛する人を亡くした人へ』『命には続きがある』『儀式論』など著書は90冊以上。2012年、『論語』の精神の普及により、第2回「孔子文化賞」を受賞。上智大学グリーフケア研究所客員教授。


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