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【らしさのある葬儀】歌で見送り 歌謡界のリーダー 作曲家・歌手 平尾昌晃さん

2017.12.27

3万5000本のバラやカーネーションとともにロカビリー時代のステージを模した祭壇。パネルは歌手デビューした1958年のアルバムのジャケット写真をもとにつくられた

 目を見張る祭壇だった。遺影の脇に飾られた2メートルを超す写真パネルは、赤いジャケットにギターを背中に回して〝キメ〟ポーズ。色とりどりの紙テープが投げかけられ、「和製プレスリー」と呼ばれて日本にロカビリー旋風を巻き起こした若き日のステージを彷彿とさせた。
 
 「よこはま・たそがれ」「瀬戸の花嫁」など数々の名曲を世に送り出した歌謡界のリーダー。しかし、その音楽人生のスタートはロックンロールだった。日本歌手協会長の田辺靖雄さんは弔辞で当時を振り返り、「中学校の帰り道、学生服の上のボタンをはずして白いマフラーを風になびかせながら、友達と肩を組んで『星はなんでも知っている』を歌ったのを思い出します。これから新しい時代がやってくる、そんな思いがしたものです」と語った。
 
 1960年代の終わりごろ、結核のため大手術と長期療養を余儀なくされた。しかし、この療養期間中に作曲家としての素養を培ったとされ、70年代に入って、五木ひろし「よこはま・たそがれ」「夜空」(日本レコード大賞)、小柳ルミ子「わたしの城下町」「瀬戸の花嫁」(日本歌謡大賞)などを次々に発表し、大きな人気を集めた。五木さんは「47年前に先生と出会わなければ、いまの私はありませんでした」と語り、布施明さんとともに、「霧の摩周湖」「よこはま・たそがれ」を熱唱した。
 74年に「平尾昌晃音楽学校(現平尾昌晃ミュージックスクール)」を設立。デュオを組んだ畑中葉子さんをはじめ、石野真子さん、松田聖子さん、森口博子さん、倖田來未さん、後藤真希さんらを育てた。
 
 プロ野球は熱烈なジャイアンツファンで、競走馬のオーナーとしても知られた。また「オートバイの爆音がロックのビートに似ている」と、終生オートレースを愛した。ボランティア活動にも熱心で、2015年まで開催された「平尾昌晃チャリティゴルフ」は計38回を数えた。
 
 こうした広い交友関係から、会場には約2200人が参列。小柳ルミ子さんはハンカチで目頭を押さえながら、「厳しくも優しい先生が大好きでした。いつも、泣くなよと叱られていましたが、今日も泣いてしまいました。東日本大震災のあと、2人で被災地を慰問しました。そんな愛情深い先生を親のように尊敬しています。いただいた数々の名曲は、心をこめて歌わせていただきます」とお別れの言葉を述べ、約40人の歌手とともに「瀬戸の花嫁」を歌った。

 2017年10月30日
 東京都港区の青山葬儀所

 ◇平尾昌晃氏(ひらお・まさあき=作曲家、歌手)2017年7月21日、肺炎のため死去。葬儀委員長は渡辺プロダクショングループ代表、渡邊美佐氏。

 主な参列者
布施明、五木ひろし、小柳ルミ子、原辰徳、田辺靖雄、ささきいさお、コロッケ、山川豊、三遊亭円楽、水木一郎、氷川きよし、湯川れい子、アグネス・チャン、山田邦子、栗田貫一、大月みやこ、モト冬樹、細川たかし、岡千秋、堺正章、水谷豊、アニマル浜口、中尾ミエ、石田純一、青木功、ミッツ・マングローブ、中嶋常幸、中山秀征、柏木由紀子、森口博子、九重佑三子、金沢明子、西田あい、つのだ☆ひろ、北川大介、松原健之、デヴィ夫人(順不同、敬称略)


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