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【らしさのある葬儀】鉄腕アトムを救った男 アップリカ葛西創業者 葛西健蔵さん

2017.12.27

 もし称号を贈るとすれば「鉄腕アトムを救った男」がふさわしいだろう。まずは〝漫画の神様〟手塚治虫氏とのエピソードから紹介したい。
 もともとベビー用品メーカー「アップリカ葛西」(現アップリカ・チルドレンズプロダクツ)を創業した起業家である。商品に「鉄腕アトム」の商標を使用した縁で、手塚氏との親交を深めていた。
 1973年、手塚氏が経営するアニメ製作会社「虫プロダクション」が倒産。債権者に追われる手塚氏を救うため、約600にのぼる手塚作品の版権を自らの名義に書き換え、〝ややこしい債権者〟の矢面に立った。こうして、版権が勝手に持ち去られ、散逸することを防いだ。まさに体を張って〝神様〟を守り抜いたのだ。
 
 こんな逸話もある。
 ライフワークとして非行少年や犯罪者らの更生に尽力してきたが、戦後間もないころ、あるトラブルを引き起こした2人の男から助けを求められたことがある。なんとかトラブルを穏便に収めることに成功し、2人には「君たちは正業に就いて、まともに仕事をしなさい」と教え諭した。2人は忠告に従い、小さな会社の経営者になった。
 その後、手塚氏のために奔走している恩人の姿を見て、2人は「俺たちも一肌脱ごう」と手塚氏のために5000万円もの大金を調達したのだ。さすがに手塚氏も「そんな大金は受け取れない」と辞退したが、その志に感激して創作活動を再開。後期の作品が生まれることになる。
 78年、漫画雑誌「ヤングジャンプ」の創刊にあたり連載の執筆依頼を受けた手塚氏は、葛西氏とその2人に取材し、戦後の大阪を舞台にした異色作『どついたれ』を描いた。作品には葛西氏も起業家の「葛城健二」として登場する。
 一方、本業のベビーカー製造では、斬新なデザインの商品を次々に発表し、業界をリードしてきた。しかし、2007年に発生したチャイルドシートのリコール問題をきっかけに経営環境が悪化し、創業家一族は経営の表舞台から退いた。それからは、介護や保育園の事業を展開する社会福祉法人「松(しょう)稲(とう)会」の運営に本腰を入れるようになる。
 子供たちの健やかな成長を願い、手塚氏と小児科医の内藤寿七郎氏(故人)の3人で「あたたかい心を育てる運動」を提唱。「赤ちゃん学」を支援した。長男で松稲会理事長の葛西得男氏によると、臨終を間近にして、「ひ孫たちの手を握って離さなかった」という。
 
 松稲会が運営する老人福祉施設で行われた葬儀には、秋篠宮ご夫妻や高円宮妃久子さまから「お寂しくなりますね」などとするメッセージが寄せられ、井戸敏三・兵庫県知事は「葛西さんには子供たちへの深い愛情があった」と弔辞を述べた。また通夜に参列した「日本赤ちゃん学会」理事長の小西行郎・同志社大赤ちゃん学研究センター長は「たくさんの人の人生を変えた偉大な方でした」と、しみじみ語った。

 ◇葛西健蔵氏(かっさい・けんぞう=アップリカ葛西〔現アップリカ・チルドレンズプロダクツ〕創業者)2017年10月21日、死去。91歳。葬儀委員長は、手塚プロダクション社長の松谷孝征氏。喪主は長男、得男(とくお)氏。


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